「琵琶行」研修会と総元代範昇格審査会

毎年夏、詩吟神風流の最高段位である総元代範の昇格審査会が行われます。

さて、神風流総元代範昇格の必須課題の一つに「琵琶行」があります。
そのため、「琵琶行」を習得する研修会が総元代範昇格審査会の前に開催されます。
神風流の「琵琶行」の符付けは定評があり「琵琶行の習得を以て神風流の奥義を極める」のが神風流総元代範です。

今年の「琵琶行」研修会は6月22日に開催されました。「琵琶行」の研修に参加する方々は、総元代範昇格審査を受ける方々です。写真からも、真剣な研修の様子が伺えます。


総元岩淵神風先生の御挨拶




「琵琶行」は、中唐を代表する詩人・白楽天による88行からなる長詩です。
「琵琶行」の全文・研修内容は以下の通りです。(「琵琶行」の詩吟の音声については原則非公開)


「琵琶行」の作者・白楽天は29才で進士の試験に合格し官僚として活躍していたが、44才の時、現在の江西省九江市、潯陽に左遷された。「琵琶行」はこの時期の作品。この詩の語り手は白楽天自身であり、物語の中心になるのは白楽天が出会った一人の女性。だが彼女の名前はわからない。

序(「詩吟神風流新編古今名吟集」194頁参照)
元和十年、私は都から離れ、江州に左遷された。そこでの生活が一年を過ぎたある秋の夜、人を見送り潯陽の船着き場に至ると、どこかの船から都の曲を奏でる琵琶の音が聞こえてきた。琵琶を弾いていたのは一人の女性であった。もとは都の娼女で琵琶の名手だったが、今は商人の妻だという。船に迎え入れ心ゆくまで何曲か演奏してもらう。演奏が終わると、彼女はこの地に流れてきた身の上を語った。
私もこの地に左遷されて二年。気持ちの平静さを失わずにきたが、今夜は心が動き、悲哀の感情が押し寄せてくるのを感じた。そこで歌を作り、彼女に送る。六百十二言、名付けて琵琶の行(歌)という。

【場面は、潯陽の川辺の船着き場。これから旅立つ友と酒を酌み交わす。管弦なく寂しい気持ちで別れようという時、折しも水上から琵琶の声(音)が聞こえてきた。私は帰るのを忘れ、友も出発を留まった。】

1 潯陽江頭 夜 客を 送る           
2 楓葉 荻花 秋 瑟瑟
3 主人は 馬より下りて 客は 船に在り
4 酒を挙げて 飮まんと欲するに 管絃 無し
5 酔うて 歓を成さず 慘として将に 別れんとす
6 別るる時 茫茫として 江月を 浸す
7 忽ち聞く 水上 琵琶の 声
8 主人 帰るを忘れ 客 発せず

【琵琶の音を尋ね、一体誰が弾いているのかを問う。船を寄せてみたが、返事はない。
「千呼万喚」(何度も何度も呼びかけた)ところ、一人の女性が琵琶を抱き、半ば面を遮りながらようやく姿を現した。船に迎え入れ、目の前で演奏してもらう。】

9 声を尋ねて 暗に問う 弾ずる者は 誰ぞと   
10 琵琶 声停んで 語らんと欲する 遅し
11 船を移して 相近づき 邀へて 相ひ見る
12 酒を添へ 燈を回らし重ねて宴を 開く
13 千呼万喚 始めて 出で来たり
14 猶お 琵琶を抱きて 半ば面を 遮る
15 軸を転じ 絃を撥する 三 両声
16 未だ 曲調を成さざるに 先ず 情有り
17 絃絃 掩抑 声声 思いあり
18 平生 志を得ざるを 訴うるに 似たり

和歌調
19 眉を低れ 手に信せて 続続として 弾ず
20 説き尽くす 心中 限り無きの 事
21 軽く へ 慢く 撚りて 抹して 復た挑ぐ  
22 初めは 霓裳を為し 後には 六幺    

謡曲調【琵琶の音色が言葉で表現される】
23 大絃は   として 急雨の 如く             
24 小絃は 切切として  私語の 如し        
25 切切 錯雜して 弾じ
26 大珠 小珠  玉盤に 落つ(歌舞伎調)

和歌調
27 間関たる鶯語 花底に 滑かに
28 幽咽せる 泉流 氷下に 難む
29 氷泉冷澀 絃 凝絶し
30 凝絶 通ぜず 声暫く 歇む
31 別に幽愁 暗恨の 生ずる 有り
32 此の時 声無きは 声有るに 勝れり(歌舞伎調)        
33 銀瓶乍ち 破れて 水漿 迸り
34 鉄騎 突出 刀槍 鳴る
35 曲終わって 撥を收め 心に当てて 画す
36 四絃 一声 裂帛の 如し

琵琶調
37 東船 西舫 悄として 言なく       
38 唯見る 江心 秋月の 白きを (レ音)
39 沈吟 撥を収めて 絃中に 插み
40 衣裳を 整頓して起って容を 斂む 

琵琶調【女性の身の上話が始まる】
41 自ら 言ふ本是れ 京城の女          
42 家は 蝦蟆陵下に 在りて 住す
43 十三琵琶を 学び得て 成り
44 名は属す 教坊の 第一部
45 曲 罷みて 常に善才をして 服せしむ
46 粧成りて毎に 秋娘に 妬まる
47 五陵の 年少 争うて 纏頭し
48 一曲の 紅  数 知らず
49 鈿頭 銀篦 節を撃ちて 碎け
50 血色の 羅君 酒を翻して 汙る
51 今年 歓笑 復 明年             
52 秋月 春風 等閑に 度る
53 弟は 走りて軍に従い 阿姨は死す
54 暮去り 朝来りて 顏色 故る
55 門前 冷落して 鞍馬 稀なり
56 老大嫁して 商人の 婦と 作る
57 商人は利を重んじて 別離を 軽んじ
58 前月 浮梁へ茶を買いに 去く
59 江口に 去来して 空船を 守る
60 船を遶る 名月 江水 寒し
61 夜深くして 忽ち夢む 少年の 事
62 夢に啼けば 妝涙 紅 闌干
63 我 琵琶を 聞きて 已に 歎息し
64 又 此語を聞きて 重ねて 喞喞

【白楽天の心情 私は琵琶を聞いただけで已に歎息しているのに、その上、彼女の話を聞いて「喞喞」(悲しみの歎息)がつのった。私も去年、都を去った。自分も同じく「天涯淪落」の身ではないか。こうして廻り合ってみると、同じ境遇の人間のみが持つ感傷がわき、自分の身の上を語ろうと思う。】

琵琶調
65 同じく是れ天涯 淪落の人
66 相逢う何ぞ必ずしも 曽て相識らんや
67 我 去年 帝京を 辞して より
68 謫居 病に 臥す 潯陽城                          
69 潯陽 地 僻にして 音楽 無く
70 終歳 聞かず 絲竹の 声            
71 住は湓江に近くして 地 低湿
72 黄蘆 苦竹 宅を繞りて 生ず
73 其の間 旦暮に 何物をか 聞く
74 杜鵑 血に啼き 猿 哀鳴す

【私も謫居(政治犯として左遷)の身です。この潯陽・田舎(都は長安、黄河、ここは南の長江中流、湿地)には心を楽しませる管弦の音楽などなく、何が聞こえるかと言えば、「杜鵑」と「猿哀鳴」の声なのです。】

和歌調
75 春江の花朝 秋月の 夜 
76 往往 酒を取りて 還た独り 傾く
77 豈 山歌と村笛と 無からんや
78 嘔唖 嘲哳 聴くを 爲し難し

【今夜、あなたの琵琶を聞くと、「仙楽」を聴いているかのように耳が洗われました。(この地の歌「山歌と村笛」は「嘔唖嘲哳」で聴きづらい)
もう一度座って弾いてくれませんか。あなたの為に琵琶の歌を作ります。】

79 今夜君が 琵琶の 語を 聞き         
80 仙楽を 聴くが如く 耳 暫く 明らかなり
81 辞する莫かれ 更に坐して 一曲を弾ずるを
82 君が 爲に翻して 琵琶行を 作らん
83 我が此言に感じて 良 久しくして 立ち
84 卻坐 絃を促して 絃 転た 急なり
85 淒淒として 向前の声に似ず
86 満座 重ねて聞きて 皆涙を 掩う
87 就中 泣下る 誰か 最も 多き        
88 江州の 司馬 青衫 湿う

【彼女は、私のこの言葉に感じ入り、しばらく立ち尽くしていたが、座りなおすと絃を搔きならし、絃の音はいよいよ緊迫していった。
先程の音色とは違う、凄絶とした響きは人々の共感を呼び起こし、その場にいる皆は顔を掩ってさめざめと涙を流したのであった。なかでも誰が最も涙を流したかと言えば、私自身であり、着ていた「青衫」が涙で濡れたのであった。】

「琵琶調」「和歌調」「歌舞伎調」というのは神風流の吟法ですが、琵琶行研修会でもしっかり習得します。

「琵琶行」の時代の琵琶は、古代ペルシアからシルクロードを経て紀元前二世紀、中国へ流入したもののようです。(下記はイメージ画像)


唐の時代に、琵琶は宮廷の音楽の中で重要な楽器となり、日本には奈良時代に、雅楽の楽琵琶として伝わっています。琵琶行には「四絃一声 裂帛の如し」という句がありますが、正倉院に、四絃四柱の琵琶が五面あります。
日本琵琶楽協会のページで詳しく紹介されています。

さて、琵琶の中で詩吟に馴染み深いのは「五弦」の薩摩琵琶です。「琵琶行」の「大絃小絃」を五弦でどのように表現できるか・・自分の琵琶を掻き鳴らしながら試行錯誤しています。今回の琵琶行研修会では、ほんの少しだけの披露となりました。今後、琵琶の腕も磨きながら「琵琶行」の表現が上手くできるように練習を重ね、次回の琵琶行研修会にはもう少し琵琶の音色を交えてみたいと思っています。




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7月7日の総元代範昇格審査「琵琶行」試験の様子です。
受験者に対して、総元先生からの吟詠指導がありました。



試験が終わると懇親会があり、各教室の方々と交流を深めるひと時となりました。
総元代範昇格審査を受験するまでの道のりは長かったと思いますが、年齢を問わずその前進する力と努力は尊敬に値します。審査結果は1か月後になりますが、総元代範になりますと、横とのつながりも増えますのでさらに活躍の場が広がることと思います。

総元代範昇格審査会後の懇親会 岐阜からご参加された岐庸会会長先生と皆様で乾杯!!

総元代範昇格審査会最後に大合吟 皆様と一緒に「本能寺」を吟じ大きな声を出して楽しく〆ました!