詩吟神風流総本部勉強会




毎年恒例の詩吟神風流総本部主催の勉強会(温習会兼懇親会、講義や練習時間あり)が開催されました。

会場は、東京都千代田区神保町にある学士会館です。趣きのある建物で、「半沢直樹」など色々なドラマの撮影にも使われていることで知られています。








勉強会では、総元先生の指導を受けられている方々、各教室の生徒さん、さらに、各教室の指導者の先生方が詩吟を披露されました。
また、詩吟の要諦である詩心の解釈について、各教室ごとに合吟とともに発表し合いました。



一年間、詩吟の勉強を重ねてこられた方々への免状授与も行われました。
総元先生から直接免状が授与されました。
写真は、総本部荻窪教室(読売カルチャー)、自由が丘教室(産経学園)の生徒さんです。





免状授与式の後は、各テーブルにフランス料理がセッティングされ、飲み物もワイン、日本酒など楽しみ、「懇親会」となりました。

その後、コンクール予選会を勝ち抜いた方々の吟詠も行われました。
写真は総本部荻窪教室(読売カルチャー)の岡本さん。美声を披露して下さいました。



勉強会の最後は、総元先生の吟詠と漢詩解説の時間となりました。
今年の総元先生吟詠は、「本能寺」でした。
頼山陽の「本能寺」は、神風流詩吟の中でも人気のある詩吟の一つです。

本能寺 溝(みぞ)幾尺(いくせき)ぞ
吾 大事(だいじ)を就すは 今夕(こんせき)に在り
茭粽(こうそう)手に在り 茭(こう)を併せて食(くろ)う
四簷(しえん)の 梅雨 天 墨の如し
老阪 西に去れば 備中の道
鞭を揚げて 東を指せば 天 猶お早し
吾が敵は正に 本能寺に在り
敵の 備中に在るは 汝(なんじ)能く備えよ  


「敵は本能寺にあり」は、あまりに有名な言葉です。本当に光秀が言ったかどうかは証明されていませんが、後世に伝えられたのは頼山陽「日本外史」によると言われています。なお、この詩文は、国史が詠じられた頼山陽の「日本楽符」の中の一つです。
いずれにしても頼山陽独特の歴史観が加えられているところが幕末の志士たちの共感を呼び、ベストセラーになりました。

この漢詩の最後の一行も、頼山陽の視点ではないかと言われています。
「敵の備中に在るは汝能く備えよ」
「光秀にとって本当の敵は、備中にいる秀吉だったが、これに対しては十分な備えをしていなかったのである」と頼山陽が諷したという説があります。

では、光秀はなぜ信長を討ったのか?
最近の歴史資料によると、光秀は信長を討った後、反信長派の紀州の武将に手紙を送っており、足利義昭を入洛させることを最終目的としていたとのこと。信長が室町幕府に代わる新しい政治組織を模索していたため、それを阻止するために信長を排することに意を決したのではないかと考察されています・・が、専門家からは疑問の声が上がっているそうです。

細川家に伝わる「永源師檀紀年録」では、光秀が詠んだと言われている辞世の句が残されています。
「心知らぬ 人は何とも言はばいへ 身をも惜しまじ 名をも惜しまじ」
私の本心を知らない人はなんとも言えばよい、身分も名誉も惜しくない。
光秀の名言として広く知られています。

この光秀の歌について、総元先生が吟詠されました。

なお、フィクションではありますが「明智軍記」にも光秀の辞世の句と言われている漢詩があります。総元代範研修会で紹介したものですが、この漢詩を私が吟詠しました。

この漢詩は、本能寺の変を正当化したものと解釈できますが、なぜ、光秀が本能寺の変を起こしたのか?という疑問・関心をより一層掻き立てるものになりました。
光秀の歴史的資料が少なく、光秀の生い立ちや人となりも謎に包まれていますが、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」で描かれるとのことです。こちらも楽しみにしたいと思います。



最後は「万歳三唱」です。会場の皆々が一同に集えたことを喜び、来年もまたお互いの活躍を祈るためのものです。正しい姿勢での万歳を教わり、会場一同、綺麗に気持ちよく両手を挙げての「万歳三唱」にて閉会となりました。




【追記】
今年は研修会・勉強会の準備のため、西行、菅原道真、明智光秀などの人物像に色々な視点から迫ってみました。出会った本の中で、興味深かったものを紹介します。


西行花伝 辻邦生

【感想】西行花伝(辻邦生)は、琵琶の調べが似合うほどに、抒情的な文章だ。「人に宿命(さだめ)というものがあるとすれば」西行は、枝垂れ桜のごとき待賢門院を追想する。和歌が挿入され、しみじみとした味わいと絵巻物のような美しさであった。後半、保元の乱に突入し、生々しくなるとともに哲学的示唆を含む。なぜ人は戦をするのか、「勝てばそれが叶う」というのか。武力による政治は残忍と破壊を生む。この世を滅びから救うために、西行は奔走する。歌の「美」が作る政治と崇徳院を救うために。森羅万象(いきとしいけるもの)を愛し、この世を全身で生きる。西行は熱かった。

























モオツァルト・無常という事 小林秀雄

【感想】「無常という事」すなわち「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい。」そんなものが集められている。それは、文学から音楽、絵画にいたるまで。その芸術性の真髄が言葉で表現される。「西行」論が印象的であった。花月を詠じていても西行の「いかにかすべき我心」の声が聴こえてくるのである。日本人の美しさについて、戦時中に書かれた文章と知ると、一層悲哀感が増した。「無垢な心」が乱世に引き摺られていく「かなしみ」。詞の微妙な動きは「人にはわからぬ心の嵐」。眼で聴く音楽のようであった。




時平の桜、菅公の梅 奥山景布子

【感想】西行が「桜」なのに対して、道真は「梅」という視点でとらえられた一冊。著者奥山景布子さんは史実を研究されているので、日本史の教科書の事柄が生き生きと描かれてる。
道真は、藤原時平の日記に登場する。朝廷の政争、上皇と天皇の主導権争いなど歴史的背景も仔細に語られ、著者の見解も面白い。時平の人物像は謙虚で、周囲に気を配る調整役。道真に対しても尊敬の念を抱いている。風雅を好み、紀貫之と「やまと歌」について語り合い、「帝」を守る。谷崎潤一郎「少将滋幹の母」でも描かれる時平だが、こちらの著書のほうでは人間味あふれる道真であり、ホロっとさせられた。




泣くな道真:大宰府の詩 澤田瞳子

【感想】大宰府での2年間、泣き、喚き、時には無邪気な道真がいた。「泣くな道真」と叱責した保積のセリフには泣かされる。無実の罪を着せられ、悲遇の苦しみの中にいた道真だが、それだけではない深い哀しみがあった。知才をもってしても救えなかった現実に愕然とする。「人は置かれた場所で生きねばならない。」「哀しみに沈み、悲嘆にくれていてもそこからもたらされるものなど何もなかろう。」「海が荒れ、船があてなく漂おうとも、いつか必ず海路は開ける。」読後は清々しい。色々な伏線もあり、面白い小説だった。

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歴史上の人物や漢詩を詠んだ人物が現代風に生き生きと伝わってくる本を紹介しました。
詩吟が一層身近になり、楽しく勉強できるきっかけになりました。